2018年08月12日

柴田勝頼の現在 2017.4.9オカダ戦後の振り返りと近況

■ 柴田勝頼 2017.4.9オカダ戦後の振り返りと近況 2018.8/15時点■

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【2017年】

4月9日の両国国技館大会でのオカダ・カズチカ戦直後に倒れ、救急搬送された柴田勝頼。そのまま「硬膜下血腫」との診断で緊急手術を受け、手術で外した一部の頭蓋骨を戻す再手術を5月2日に行った。抜糸を経て5月下旬に退院、眼の状態が良くないため強い電流を流して脳と眼に刺激を与える特殊な治療を開始した。

選手生命を左右する長期欠場が濃厚となった柴田は、オカダにメッセージ。「ケガのことは気にするな。常にそういうものだと思って試合をしているから。何も後悔していない。ちゃんと生きているから大丈夫。お前も頑張れ」。4月末に菅野洋介トレーナーを通じて連絡があったことを、のちにオカダがメディアからの取材の中で明かしている。

6月の日記では、自身の症状名が「同名半盲」であることを明かす。両眼ともに右半分が見えていない。聞いた方が絶望的になるということで、この症状をファンに伝えることを柴田は避けていた。あえて明かしたのは、治ることが難しいと医者に言われているにもかかわらず若干の視界の広がりを得たからだという。7月には頭や顔の腫れもひいてきたことから「人と会って話をする、飯を食う」機会も。8月に入ると、電気治療のここまでの取り組みから「リハビリと治療の段階がもう一段階上がった」と報告した。

G1クライマックス最終日が近づいた8月10日、柴田は会場でのファンへの挨拶を会社に申し入れる。8・13両国大会で大シバタコールに男泣きしつ、「生きてます! 以上!」と絶叫マイク。登場自体で『百聞は一見にしかず』とばかりに奇跡的な回復ぶりを示唆した。バックステージではカメラのフラッシュにはまぶしそうにしたものの、「また、シッカリしたかたちで会えるようにがんばります」とリハビリ継続を約束。電気治療に加えて、両国登場明けからは高気圧酸素治療(医療用の酸素カプセル)をスタートする。

両国登場からさらに4か月後の12月11日・福岡大会、柴田はサイン会に登場した。長蛇の列をなしたファンに対応し、「何よりも自分自身がたくさんのエネルギーを頂きました」と振り返る。ストレスや副作用の関係で約2か月半休んでいた治療の再開の方向を日記で宣言。1年を総括した際に、オカダ戦後の手術での生存率について「術後、実際のところ助かる確率が18%以下だったと聞かされました」と告白しつつ、根気と長い時間を必要とするリハビリ、トレーニングの継続を宣言した。

【2018年】

年が明けて、2018年1月3日の大プロレス祭りサイン会に柴田が登場する。「これは動けるようになったら必ずやろうと思っていた目標の一つ」ということで、サイン会場スペースにはTAKAYAMANIAの募金箱(高山善廣のリハビリ支援)が設置された。1月4日の東京ドーム大会にも足を運んだ柴田は、「新日本プロレスらしさの足りない大会にも感じた。足りないと感じたモノは、自分が個人的に追求していけばいいかなと解釈しております」と“らしい”コメント。

「最近、調子の良い時は歯を食いしばらずに懸垂が7回ほどできるようになって参りました。本当はもっと出来るのですが、力を入れ過ぎたり歯を食いしばると頭に血がのぼって良くないみたいなので」とトレーニング上での変化も明かした柴田。新しい年にあたり「自分自身、まだまだリングにどうこうという段階では無いのですが、半年前より随分と(懸垂やサイン会を含めて)いろんな動きができるようになっております。今年は動ける範囲でいろいろと動いていきたいです」とする。

1月18日には都内『2017年度 東スポプロレス大賞』授賞式に顔をみせた柴田。オカダ戦以降で公の場に出たのは4度目。頭部の怪我のこともあり、この授賞式を前に足を運んだ美容室は10か月ぶりとなった。3月に入ると、ロサンゼルス道場のスプリングキャンプヘッドコーチに柴田が就任したことが新日本から告知された。日本のプロレスの歴史を練習生に伝えながら、自身のリハビリも進めていくことを宣言している。

3月の同時期の日記では、眼科医が驚くほどの視界の回復(1/2程度だったものが、調子によっては3/4程度まで)、ロサンゼルス道場で過去最高のコンディションを目指す意思など怪我からの1年の経過・心境を長文で綴ってみせたが、詳細を書き過ぎたと思い直したのか大幅削除する一幕も。

欠場入りから1年経った4月4日発売分『週刊プロレス』誌でのインタビュー。柴田自身の“復帰”はあるのか? 柴田は自身のケガを「皆さんが思っている以上に時間がかかるもの」「自分もよくわかんねえよ」とした半面、「1年でここまでの回復って医者もビックリするレベル」なんだという。このくだりで「1年経つ前にアクションを起こしたかったっていう部分では、目標というか、一つケガには打ち勝ったかなと思っております。これも自分の中のプロレスなんですよ」との言葉が出た。

8月に入ると、柴田は日記で道場ハウス(道場生寮)開設を報告した。寮には4名の受け入れが決まっており、日々の合同練習は他の若者含む10人前後の規模なんだという。ロサンゼルス道場コーチ活動が本格化する一方で、キャンプの合間を縫いつつ何度か一時帰国。柴田は会場でのサイン会、検査やファイプロ音声収録をこなした。6・21後楽園ホール大会では、スーパー・ストロング・マシン引退セレモニーに魔界倶楽部の一員として花束を持ってリングイン。サイン会では4・14後楽園ホール大会、6・9大阪城ホール大会、8・2福岡大会、8・4大阪大会、8・12日本武道館大会に登場し、ファンとのコミュニケーションを行っている。

また、8・12武道館大会では、G1クライマックス優勝決定戦にて棚橋弘至のセコンドとして登場。制覇した棚橋を肩車で祝福するなどの盟友との熱きシーンはファンを歓喜させた。試合前に柴田から棚橋にかけた言葉は、棚橋によると「新日本プロレスを見せろ」だったが、15日更新分日記では「アイツらに新日本プロレスを見せてやろう!」だったと柴田は振り返る。肩車までできたことで「1年前と比べて随分とリングに近づいてきたという感触があります」と綴った。

モバイルサイト「プロレス&格闘技DX」でのメール機能を通じてのメッセージから柴田は力をもらっているとのことですので、ファンはぜひ応援メールを!!
posted by ロープブレイク at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする